豊田でルイ・ヴィトン アルマの買取は豊田の買取わかば!豊田の買取店がブランド:ルイ・ヴィトンのアルマを語ります

豊田市の皆様、こんにちは!

ルイヴィトン、シャネル、エルメスなどのブランドバッグやロレックス、オメガ、タグホイヤーなどのブランド時計、金、プラチナなどの貴金属を中心に買取を行っております、買取専門店わかばドン・キホーテユニー豊田元町店でございます。

買取わかばドン・キホーテユニー豊田元町店のルイヴィトンのアルマの参考画像

今回はルイヴィトンのアルマというバッグについてです。

アルマについてお話しする前に、まずルイヴィトンの歴史、コンセプトに触れていきましょう。

ルイヴィトンの創始者である「ルイ・ヴィトン」は1821年のフランスのジュラ地方アンシェイ村で生まれました。

両親との仲が悪く、青年期に飛び出すようにパリへ渡り、トランク職人としての仕事をはじめました。

その後、見習いとしてマルシャル氏のもとで17年間ほど働いた後、トランク職人として一人前となった後に自身のアトリエを開きました。

自身のアトリエを開いた後に当時の移動手段の変化に目をつけていたルイ・ヴィトンは、軽い防水加工を施した平らなトランクを発案したことで、さらに需要が高まりました。

需要の高まりを受けて、何年もかけてアトリエをどんどん拡大していきました。

しかし本当の意味でルイ・ヴィトンが評価されたのは、創始者であるルイが亡くなった後なのです。

そのきっかけは、ルイの息子のジョルジュが拡大していくルイ・ヴィトン社を運営していきながら、世界へルイヴィトンを発信をしていったことです。

ヨーロッパを離れてアメリカへも渡航をし、ニューヨークやシカゴなどを旅行しながら、ルイヴィトンの製品を売って歩いたと言われています。

しかし、ルイヴィトンの名前が売れていけばいくほど模造品がはやり始めたのです。

そして、模造品に対抗すべくデザインを工夫することになります。

それが現在でもルイ・ヴィトンの象徴となっている「モノグラム」なのです。

息子のジョルジュがそのような努力を続けて、1970年代には日本、1980年代には香港と、アジア圏への進出も果たしました。

ルイヴィトンの発信力は現在でも衰えておらず、今でも新たなコレクションを発表し続けていますよね。

日本にルイヴィトンが上陸したのは、1978年で、
自国フランスで成功したルイヴィトンが初めての世界進出に乗り出した国が日本だったのです。

1978年には東京・大阪に6店舗出店し、ファッション界で話題を集めて大流行となりました。

また、今までにルイヴィトンは村上隆や草間彌生といった世界的な日本のアーティストとのコラボレーションも行なってきています。
このようなコラボレーションが実現するのは、日本のジャポニズムの影響があったからとも言えるのかもしれません。

日本でルイヴィトンは今でも高く評価されていますよね。

そんなルイヴィトンのコンセプトは「旅」です。

創始者のルイ・ヴィトンが旅行用トランク専門のアトリエを創業した1894年頃に移動手段が馬車から鉄道で移行する時代でよりトランクの需要が高まっていたことが関係しています。

息子であるジョルジュがLe voyageというトランクに関するエッセイを出版しているほどです。

本によってルイヴィトンのコンセプトを浸透させることができたことで、ブランド価値を高める結果になりました。

創業した当時からトランクケースが起源として徹底してつらぬかれているものです。

旅とルイヴィトンは切っても切れない大切な関係であると言えます。

次はルイヴィトンのデザイナーについてです。

ルイヴィトンがデザイナーを入れ始めたのは、プレタポルテコレクションに本格的に参入した1997年からで、

まず1997年から2013年の間活躍したデザイナーがマークジェイコブスです。

自身のブランドも有名なためご存知の方もいらっしゃるかと思います。

ルイヴィトンでは今では定番となったヴェルニの生みの親です。その他にもさまざまな功績を上げて評価されています。

2006年から2011年の間デザイナーとして活躍したのがポールエルバースです。

マーク・ジェイコブスのもとで5年間、メンズラインのディレクターを務めています。

ポールエルバースがルイヴィトンで発表したモノグラム マカサーは現在ではMENSの定番ラインとなっていますよね。

2011年から2018年の間デザイナーとして活躍したのがキムジョーンズです。

マサイをテーマにしたダミエマサイチェックは、今でも印象的な作品として愛されています。

シュプリームやフラグメントとのコラボレーションも印象的で、今までのルイヴィトンのイメージを変えていきました。

2013年〜現在まで、デザイナーとして活躍したのがニコラジェスキエールです。

バレンシアガのデザイナーを辞任した後、ルイヴィトンのデザイナーに就任しました。

ファイナルファンタジーなどとのコラボレーションも成功させており、日本との関わりも深いですね。

2018〜現在まで、デザイナーとして活躍したのがヴァージルアブローです。

ストリートとラグジュアリーを掛け合わせたデザインが好評で、今までにない前衛的なアイテムを多く発表しています。

こうしてみると様々なデザイナーがルイヴィトンの人気を生み出してきたのがうかがえますね。

次はルイヴィトンの主なラインナップについてです。

定番のモノグラムから、期間限定の物まで様々で数百以上のラインナップが存在しています。

ここでは実際に多くのショップで販売されているラインナップを紹介します。

ルイヴィトンの定番ライン、モノグラムです。

全商品の売り上げのうち、60%を占めていると言われています。創業者のイニシャルのLとV、花、星の組み合わせです。

次にダミエは、モノグラムよりも前に発表された歴史あるラインで、日本の市松模様に影響を受けたと言われています。

リバースはモノグラムのデザインを反転させた柄となっていて、明るい色がメインとなることで柔らかい印象にしていることが特徴です。

前述の通りヴェルニはマークジェイコブスのデビュー作であり、エナメルでルイヴィトンのイメージを変えた印象的なデザインです。

マカサーは定番のモノグラムとブラックレザーを組み合わせたデザインです。シックな印象でメンズ向けのデザインとなっています。

 

ここからは具体的にルイヴィトンのアルマについてです。

ルイヴィトン アルマの原点となった2つのポーチがあります。

このポーチはトランクの中の衣類を整理するために生まれたと言われています。

1901年に2つのポーチの機能が融合したランドリーバッグのスティーマーバッグが誕生しました。

洋服と洗濯物を分けて収納することが可能なスティーマーバッグは当時の旅行者たちの必須アイテムでした。

1934年にこのバッグを更に洗練しコンパクトにデザインしたスクワイアバッグが登場しました。

スクワイアというのはフランス語で従騎士と言う意味で、中世ヨーロッパの騎士が使用したバッグをデザインに取り入れたと言われています。

1955年には世界でもっとも有名な通り、フランスパリのシャンゼリゼ通りを冠したシャンゼリゼが誕生しました。

こちらのシャンゼリゼからアルマと同様ダブルファスナーがあったとされています。

このような経歴を経て1992年についにアルマがモノグラムキャンバスで正式に登場しました。

ルイヴィトン アルマは現在までに様々なサイズの物が発表されています。

2010年に登場したアルマBBから2015年にはナノアルマ、そして2020年はネオアルマと1992年の登場からその時代の流行に合わせたサイズ展開がされています。

1992年に登場した当時はポケットが一つだけでしたが、2000年代中頃になってパッチポケットの反対側にモバイルポケットが追加されました。

2010年頃にはモバイルポケットがパッチポケットの隣に移動して、バッグに底ビスが追加されました。

2021年現在の物ではパッチポケットが二つ並んでおります。

現代の需要に応じて形や機能性が変化しているのがうかがえますね。

買取専門店わかばドン・キホーテユニー豊田元町店ではルイヴィトンの他にも、シャネル、エルメス、グッチなどのブランド品の買取に力を入れております。

使わなくなったバッグなど是非買取依頼にお持ち込み下さい。

買取専門店わかばドン・キホーテユニー豊田元町店にてご来店お待ちしております。

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